1,、隊付候補生として最前線の陸上部隊に初陣(71名) (前出) |
霞ヶ浦航空隊での飛行学生収容能力の関係で第1陣として39期飛行学生(約100名)がが発令された。わがクラスの飛行搭乗員予定者はクラス総員のほぼ約半数、潜水艦乗員として相応の期友が夫々予定されていた。
したがって、航空隊、潜水学校の受け入れ側の収容員数の関係で配置待ちの者の一部(大型艦にも配属されていた)がその間、実務実習終了で、当時の最前線ラバウル方面、現在のインドネシア、マレーシア方面の航空基地、陸上警備隊での勤務を体験させるために配属された。
期友氏名 |
候補生時期 |
その後の配属 |
戦没年時 |
戦没状況 |
水谷弘康 |
日向 |
高雄・夕月△ |
20・2・18 |
▲211 |
1 オルモック輸送時乗艦夕月被弾沈没、「桐」(管理人佐藤清夫)に救助され、マニラ帰港後帰国の機会を失いマニラ防衛軍に編入される
2 マニラ市街戦で奮戦 |
西村幸雄 |
日向
ラバウル |
大井・夕月△ |
20・2・20 |
▲210 |
松山 愛 |
日向
陸奥 |
39期飛学生
神之池空
攻5・失明
兵器整備に転科 |
20・4・10 |
▲214 |
1 失明により航空兵器整備に転科
2 撤退の機会を失い陸戦に移行、栄養失調で行方不明(戦傷死認定)<ルソン山中に消える> |
佐藤 孝 |
長門
飛鷹 |
攻405(兵器整備) |
20・4・15 |
▲215 |
撤退の機会を辞退し残留、陸戦に移行、被弾重傷
戦傷死認定<ルソン島・クラーク山中> |
岩嶋貞雄 |
伊勢
日向 |
39期飛(水偵) |
20・3・1 |
▲213 |
955空(対潜掃蕩)の進出により来島
敵(1万余)上陸、陸戦隊に移行
<比・パラワン島> |
川島 巌 |
伊勢
冲鷹 |
特潜乗員
(大河と同隊) |
20・4・13 |
▲269 |
蛟竜が被爆で、陸戦に移行 <在沖縄> |
吉田邦雄 |
山城
長良 |
熊野△ |
20・7・30 |
▲316 |
帰国の機会を失い
31特根陸戦隊に編入され
マラリア病発生、戦病死 |
(4) 戦病死
尾内敏二 |
日向
武蔵 |
12特根 |
20・12・30 |
▲327 |
ポートプレーヤー病院・腸閉塞による |
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