航空部隊の出撃に策応して、回天特別攻撃隊の轟部隊の大型潜水艦二隻が五月二二日各艦五基の回天を搭載し、山口孝彦と野元佑一両大尉の乗艦するイ号361漕が二四日に、そして363戦が二八日に内海西部をそれぞれ出撃していった。 二名の期友が乗艦するイ号361潜の任務は沖純の南東四〇〇浬附近にあって、沖縄への補給路を航行する米艦に回天特攻を敢行することであった。そして僚艦の配備海域はマリアナ諸島の北西方四〇〇浬であった。 イ号361潜(艦長松浦正治大尉)は、六月一日ごろまでに配備海面に到達する予定で航行していったが、出撃後連絡なくそのまま消息を絶ってしまい、六月二五日喪失と認定された。 この潜水艦の最期が判明したのは戦後後のことで、五月三〇日、北緯二二度二二分、東経一三四度九分の予定配備海面附近を水上航走中に護衛空母アンジイオ号の対潜哨戒機に発見されて撃沈されていた。 この附近には米側の対潜空母と駆逐艦数隻よりなる村潜掃討部隊が日本潜水艦を待ち構えていたのである。 山口大尉は水雷長、そして野元大尉が航海長というコンビであった。 |